タカクラ・テル(本名・高倉輝豊のち高倉輝)は明治24(1891)年に高岡郡口神川(現・四万十町)で誕生後、大方町(現・黒潮町)で育ちました。入野高等小、宇和島中学、京都三高を経て京都帝国大学英文科に進み、英独仏語のほかロシア語を習得し言語学への造詣を深め、作家となってからは、戯曲や長編小説などを次々に発表します。
転機が訪れたのは大正10(1921)年頃。“民衆が労働しつつ生涯学ぶ民衆大学”を理念に設立された「信濃自由大学」に共鳴し、講師として長野県に移住します。そこで、文字や言葉や文学といった「教養」にも特権の要素が含まれていたことに気付き、以後は誰もが読みやすい文章表現に心を砕き、筆名もカタカナに改名。農民運動、社会運動にも深く関わり、民衆の理想のため活動するようになります。
混迷する時代の中でも、作品を通して人々に物の見方や考え方を教え、目標に向かって歩む情熱を親しみやすく呼び起こしたタカクラ・テル。
今回は、その生涯を『大原幽学』『箱根用水』などの著作や書簡、色紙などの資料で紹介しています。ぜひご覧ください。