清岡卓行は大正11(1922)年、中国大連に生まれました。両親はともに高知県出身。清岡は紀行文「ふるさと土佐」で、自身が生まれ育った大連を「風土のふるさと」、父祖の地・高知県を「血縁のふるさと」と呼んでいます。
清岡が文学に親しむようになったのは大連での中学時代。東京の第一高等学校へ進学後、詩作を始め、同校の校内誌に投稿。卓越した詩才を発揮します。
その後東京大学仏文科に進みますが、入学翌年に休学して大連へ帰り、そこで終戦を迎えます。戦後も数年間大連に留まり、同地で結婚。後年、清岡はこの終戦前後の青春期の体験をもとに小説「アカシヤの大連」を発表し、芥川賞を受賞しました。
日本に引き揚げ後、日本野球連盟(後にセ・リーグ事務局)や大学等に勤務しながら創作活動を続け、50代後半から文筆に専念。平成18(2006)年に83歳で死去するまで、詩、小説、評論、エッセーと幅広く執筆し、独自の鋭い感性と深い思索を示しました。
今年、生誕100周年を迎えた清岡卓行。今回の展示では、その多様な作品の中から、二つの故郷―大連と高知に関するもの、初期の詩作品、清岡が惹かれた芸術家に関するものについて、草稿「さつき晴れに」「金子光晴の最初期の詩に潜むシュルレアリスムの芽」等の貴重な自筆資料を交えてご紹介しています。ぜひご覧ください。