長崎生まれ、高知市育ち。田岡嶺雲の甥。作家。田中貢太郎と出会い、文学の道に進み、「強情いちご」他で直木賞受賞。土佐の風土に生きる武士の世界を描いた『小説 野中兼山』(毎日出版文化賞受賞)は、彼の文学の集大成と言われる。
1908(明治41) 長崎県長崎市に出生。生後すぐ父が病死したため、父の長兄夫妻の子として育つ。 |
1921(大正10) 高知県立第一中学校(現・高知追手前高校)に入学するも、理不尽な教師の行いに抵抗、衝突し退学する。 |
1936(昭和11) 後に師と仰ぐことになる田中貢太郎に初めて会う。 |
1938(昭和13) 田中貢太郎主宰の雑誌「博浪沙(はくろうさ)」を復刊。 |
1941(昭和16) 2月、師・貢太郎死去。「しばてん榎文書」を「博浪沙」に発表。9月、熱海に移住。 |
1942(昭和17) 「強情いちご」発表。翌春、同作その他で直木賞受賞。 |
1979(昭和54) 『小説 野中兼山』完結、同作で毎日出版文化賞受賞。 |
1980(昭和55) 高知新聞に自伝的随筆「竹斗可稿(ちくとかこう)」を連載、翌年『ととまじり』と改題し刊行。 |
1982(昭和57) 4月7日、静岡県熱海で死去。73歳(満)。 |
<おもな著作>
小説「強情いちご」
『しばてん榎』
『風折れ葦』
『小説 野中兼山』
『権九郎旅日記』
随筆『ととまじり』
<おもな企画展>
「田岡典夫 没後20年」(2002年度)