第15代土佐藩主。多分に詩人肌のところがあり、優れた詩文を多く残している。書を良くし、頼山陽を愛し、政治への悲憤と繊細な自然鑑賞を詩に詠んだ。号に鯨海酔侯など。
1827(文政10) 高知城下(現・高知市追手筋)に生まれる。諱は豊信(とよしげ)。 |
1848(嘉永元) 14代豊惇(とよあつ)の急死により、山内家15代藩主となる。 |
1859(安政6) 安政の大獄で隠居謹慎の処分を受ける。 |
1862(文久2) 謹慎を解かれ、再び公武合体策を推進。 |
1867(慶応3) 将軍慶喜に政権の奉還を申し立てる。 |
1872(明治5) 6月21日、死去。46歳(数え)。 |
<おもな著作>
漢詩集『鯨海酔侯集』
漢詩文・歌集『容堂公遺稿』